テイラー・スウィフト、「声」を守る戦いを世界へ ― AIのなりすましに商標は効くのか
時事2026/10/15

テイラー・スウィフト、「声」を守る戦いを世界へ ― AIのなりすましに商標は効くのか

テイラー・スウィフトが「声」の商標出願を拡大――AI時代に本人らしさをどう守るか

聞き慣れた声で、好きな歌手が話しかけてくる。新曲を紹介したり、商品を勧めたり、ある主張への賛同を呼びかけたりする。

以前なら、その声を本人のものだと受け取る人は多かっただろう。だが、生成AIによって声の模倣が容易になるほど、「本人の声に聞こえること」と「本人が実際に話したこと」の距離は広がっていく。

テイラー・スウィフトの権利管理会社、TAS Rights Managementが進める商標出願は、その問題への対応として注目されている。

音楽業界メディアMusic Business Worldwideが2026年10月14日に報じたところによると、同社はスウィフトの話し声に関する商標を英国、欧州連合(EU)、オーストラリアで出願した。英国とEUでは、ステージ上の本人の写真についても出願している。

ただし、このニュースを「テイラーが自分の声を全面的に独占できるようになった」と理解するのは早計だ。出願と登録は異なり、登録された場合も、どこまで保護が及ぶかという問題は残る。


英国・EUでは審査中、豪州も登録完了ではない

今回の動きに先立ち、TAS Rights Managementは4月24日、米国で3件の商標出願を行っていた。

対象となったのは、本人が「Hey, it’s Taylor」「Hey, it’s Taylor Swift」と話す録音と、ピンク色のギターを持ってステージに立つ写真だ。

MBWによると、10月6日には英国、EU、オーストラリアで「Hey, it’s Taylor Swift」という本人の音声に関する出願が行われた。翌7日には、英国とEUで写真に関する出願も行われている。

10月14日の報道時点で、英国とEUの出願は審査中。オーストラリアの音商標は10月12日に受理・公告されたものの、登録前の異議申立期間に入っている段階だった。

オーストラリア知的財産庁の説明では、審査を通過した商標は公告され、その後2カ月間、第三者が登録に異議を申し立てることができる。

つまり、「審査を通過した」というニュースと、「権利が最終的に登録された」というニュースは分けて読む必要がある。まして、出願だけでAIによる模倣のすべてが違法になるわけではない。


なぜ楽曲の著作権だけでなく「商標」なのか

今回の出願が興味深いのは、守ろうとしているものが楽曲そのものにとどまらない点だ。

既存の録音をそのまま転載する行為と、本人に似た声で新しい言葉を話させる行為は、同じではない。AIによる模倣では、元の録音と同一の音声を使わずに、「本人が話しているように感じる」コンテンツを作ることができる。

このため、録音された作品の保護だけでは捉えきれない問題が生まれる。

例えば、本人が承認していない商品について、本人そっくりの声が推薦の言葉を述べる動画を想像してみよう。問題は音声のコピーだけでなく、視聴者が「本人の広告だ」「本人が協力している」と誤認することにもある。

商標は、商品やサービスが誰の提供するものかを識別するための仕組みだ。米国特許商標庁も、商標侵害の中心的な判断要素として、標識の類似性や商品・サービスの関連性、それらによって出所について混同が生じる可能性を説明している。

スウィフトの出願は、こうした仕組みを、声や姿による「本人らしさ」の保護にも活用しようとする試みと捉えられる。


「似た声ならすべて禁止」という意味ではない

米国での出願を最初に見つけた知的財産弁護士ジョシュ・ガーベン氏は、特定の音声フレーズを登録することで、完全な複製だけでなく、混同を招くほど似た模倣にも対抗できる可能性を指摘している。

一方、MBWが紹介した同氏の説明では、有名人の話し声をこのように商標登録しようとする手法は、裁判での検証が十分になされていない新しい試みでもある。

ここには、期待と不確実性の両方がある。

本人に似た声が使われているとして、それは登録された商標とどの程度似ているのか。どのような商品やサービスに使われているのか。本人が提供・承認していると誤解させる使い方なのか。適用される国や地域の法律はどうなっているのか。

こうした事情を抜きに、「似ているから必ず侵害」「フレーズを変えれば必ず合法」と断言することはできない。

また、MBWによれば、豪州とEUの出願は、娯楽などのサービスを扱う国際分類第41類で行われている。豪州の指定サービスには、音楽・娯楽分野の情報提供や、音楽アーティストに関するダウンロードできない録音を提供するウェブサイトなどが含まれる。

これは、具体的なサービスと結びついた出願であることを示している。「声質そのものを、あらゆる場面で所有する権利」と同一視すべきではない。


SNSでは支持とともに「普通の人はどうなるのか」

この問題について、SNSではどのような声が上がっているのか。

 

今回確認できたのは、主に4月の米国出願を扱ったRedditの投稿への反応だ。10月の海外出願拡大に対する反応とは区別する必要がある。以下は投稿内容の要約であり、世論全体を示すものではない。

目立つ論点の一つは、無断のAI利用から自分を守る行動への支持だった。他の歌手や俳優も対策を考えるべきだ、本人の明確な許可が重要だ、という趣旨の意見が見られた。

同時に、声や容姿を守ることは誰にでも必要なのだから、著名人だけが費用をかけて確保する仕組みでよいのか、という疑問も出ている。一般の人が同じように権利を主張できるのか、訴訟の費用を負担できるのかという懸念だ。

声が偶然似ている人への影響を心配する投稿や、資金力のある著名人の行動が将来の保護につながることを期待する投稿もあった。

これらの反応から浮かぶのは、「本人を守りたい」という思いと、「保護の範囲や利用しやすさはどうなるのか」という問いの併存だ。


日本にも音商標はあるが、そのまま同じ結論にはならない

日本の読者にとっても、この問題は遠い世界の出来事ではない。

日本では2015年4月から、音を含む「新しいタイプの商標」の出願が可能になった。音をブランドの目印として保護する制度は、すでに存在している。

ただし、録音した音なら何でも登録できるわけではない。特許庁は、自分の商品・サービスと他人の商品・サービスを区別する力、つまり「識別力」が必要であることを示している。

海外で著名な歌手が音声を出願したからといって、日本でも声全体を包括的に保護できると決まったわけではない。今回の記事で報告されている海外出願の対象にも、日本は含まれていない。

それでも、日本には歌手、声優、ナレーター、配信者など、声が活動の重要な部分を占める人が多い。本人の声に似せた広告や案内が広がれば、本人への信頼だけでなく、仕事の受注やファンとの関係にも影響しうる。

制作や配信の現場で考えたいのは、声のAI利用について、何に同意したのかを具体的にすることだ。音声モデルの作成、広告での利用、別の用途への転用、利用期間などを曖昧にしないことには意味がある。

これは今回の出願によって新たな義務が生まれたという話ではなく、声を扱う仕事の契約や運用を見直す際の論点である。


ファンが守りたいのは「本物の声」だけではない

このニュースは、アーティストの権利保護として読むだけでなく、受け手がだまされないための問題としても読むことができる。

本人によく似た声であっても、本人の同意がなければ、その発言を本人の意思として受け取ることはできない。逆に、AIを使っていても、本人が承認した正式なコンテンツという場合はありうる。

大切なのは、音が自然かどうかだけでなく、誰が作り、誰が許可し、どこから発信されているかだ。

例えば、新しい広告や特典の案内を見つけた際には、声の印象だけで判断せず、公式サイトや公式アカウントでも同じ情報が出ているかを確認する。急いで購入や送金、個人情報の入力を求める内容なら、いったん立ち止まる。

声が本人らしく聞こえることは、発信元の確認を省いてよい理由にはならない。


商標出願は一つの手段、問われるのは「同意」の扱い

スウィフトの動きは、AIによる模倣に対して、既存の法制度をどう組み合わせて使えるかを探る取り組みだ。

商標出願によって直ちに偽音声が消えるわけではなく、登録が実現した場合の保護範囲も、今後の判断を見ていく必要がある。

それでも、本人の声を「自由に使える素材」として扱ってよいのかという問題を、具体的な権利と手続きの場に持ち込む意味はある。

今後、注目すべきなのは、出願が登録に至るかだけではない。実際の無断利用にどこまで対応できるのか。そして、その保護が著名人以外にも届く仕組みになるのかという点だ。

「本人そっくりに作れる」と「本人に代わって発信してよい」は別の話である。テイラー・スウィフトの商標出願は、その境界をAI時代にどう引き直すのかを問いかけている。


出典・参考資料

  1. Music Business Worldwide(2026年10月14日)
    英国・EU・オーストラリアでの音声・写真の商標出願、報道時点の審査状況、米国出願との関係、専門家の見解。本記事の主要情報。
    https://www.musicbusinessworldwide.com/taylor-swift-expands-voice-trademark-filings-to-the-uk-eu-and-australia-amid-ai-deepfake-crackdown/

  2. IP Australia「Trade mark timeframes and fees」
    豪州の商標手続きについて、審査通過後の公告と2カ月の異議申立期間を説明する公式資料。 ipaustralia.gov.au
    https://www.ipaustralia.gov.au/trade-marks/timeframes-and-fees

  3. 米国特許商標庁「About Trademark Infringement」
    商標侵害における出所の混同、商標の類似性、商品・サービスの関連性についての公式解説。 USPTO
    https://www.uspto.gov/page/about-trademark-infringement

  4. 特許庁「新しいタイプの商標の保護制度」「新しいタイプの商標の保護制度に関するQ&A」
    日本の音商標制度と、登録に必要な識別力などを確認するための公式資料。 jpo.go.jp
    https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/newtype/index.html
    https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/trademark/new_shouhyou_faq.html

  5. Reddit・r/entertainmentの関連投稿
    4月の米国出願をめぐる利用者の反応。支持、一般の人の保護、費用負担、似た声への影響などの意見を要約した。投稿中の法律解釈を法的事実として採用したものではない。 reddit.com
    https://www.reddit.com/r/entertainment/comments/1sxduk8/taylor_swift_files_to_trademark_her_voice_and/

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