「許可は取った、しかし相手が違った?」ビヨンセの大ヒット曲を揺らすサンプリング訴訟
時事2026/08/13

「許可は取った、しかし相手が違った?」ビヨンセの大ヒット曲を揺らすサンプリング訴訟

 

世界的スター、ビヨンセの代表的なアルバムの一つ「RENAISSANCE」をめぐる著作権問題が、再び法廷へ持ち込まれた。

争点となっているのは、2022年に発表された楽曲「ALIEN SUPERSTAR」。未来的なサウンドとハウス、ダンスミュージック、ボールルーム文化の要素を大胆に融合させた同曲は、「RENAISSANCE」を象徴するナンバーの一つとしてファンから高い支持を集めてきた。

その一方で、楽曲の冒頭で使われているスポークンワードのサンプルについて、「本来許可を出すべき権利者からライセンスを得ていなかった」とする主張が浮上している。

TMZが2026年8月10日に報じたところによると、Hirose EnterpriseとプロデューサーのShuji Hiroseが、ビヨンセや関連する音楽会社などを相手取り、著作権侵害を主張する訴訟を起こした。

ただし、この問題を理解するためには、一つ重要な点がある。

今回の訴訟は、突然ゼロから始まったものではない。

実はほぼ同じ楽曲と権利関係をめぐる訴訟が2025年から続いており、2026年6月に一度却下されたばかりだったのである。

しかも、そのとき裁判所は「サンプリングが合法だったのか、違法だったのか」という核心部分に最終判断を下していない。

そのため今回の動きは、一度終わったはずの事件が蒸し返されたというより、決着しないまま残された権利問題が別の形で再び法廷に戻ってきた、と見るほうが正確だ。


問題になったのは「ALIEN SUPERSTAR」冒頭の音声

今回の争いの中心にあるのは、ジョン・ホリデイが手掛けた1998年の楽曲「Moonraker」だ。

ホリデイはForemost Poets名義でも知られるアーティストで、「Moonraker」にはDJブースやダンスフロアを思わせる特徴的なスポークンワードが収録されている。

「ALIEN SUPERSTAR」では、この「Moonraker」の音声の一部がサンプリングされている。

つまり、「似たメロディーを偶然作ってしまった」というタイプの著作権訴訟とは事情が異なる。

サンプルの存在そのものが最大の争点なのではない。

本当に難しい問題は、そのサンプルを使用する許可を、誰が出す権利を持っていたのかという点にある。

ビヨンセ側がまったく誰にも許可を求めなかった、という単純な話でもない。

過去の裁判資料では、Parkwood側とホリデイ側の間で「Moonraker」を「ALIEN SUPERSTAR」に利用するためのライセンス契約が2022年9月6日に締結されていたことが確認されている。

「RENAISSANCE」の発売日は同年7月29日だったため、契約書の日付だけを見れば、正式な契約はアルバム発売後ということになる。

そして、ここから話がさらに複雑になる。


原告側の主張「ホリデイにはもう許可を出す権利がなかった」

原告側が問題視しているのは、「ライセンスを取ったかどうか」だけではない。

原告側の主張によれば、ジョン・ホリデイは「Moonraker」の権利を過去にSoundmen on Waxへ移しており、その後の権利はHirose側に引き継がれたという。

もしこの主張が完全に認められるのであれば、ビヨンセ陣営がホリデイ本人から許可を取得していたとしても、「すでに権利を持っていない人物から許可を得ただけだった」という問題が生じる可能性がある。

たとえば、不動産で考えれば分かりやすい。

以前家を所有していた人物から「この家を使っていい」と許可をもらったとしても、その人物がすでに家を売却し、所有権を持っていなければ、その許可が現在の所有者に対して有効なのかという問題が発生する。

今回のサンプリング問題も、構造としてはそれに近い。

もっとも、これはあくまで原告側の主張であり、「Moonraker」の権利がいつ、誰から誰へ、どの範囲で移転したのかについては、これまでの裁判でも重要な争点になっている。


2025年にも同様の訴訟が起こされていた

今回のニュースだけを読むと、「2026年8月になって突然ビヨンセが訴えられた」という印象を受けるかもしれない。

しかし、この問題の法廷での歴史は少なくとも2025年までさかのぼる。

2025年7月29日、Hirose Enterprises LLCはジョン・ホリデイ、Parkwood Entertainment、Sony Music Entertainment、Sony Music Publishing、W Chappell Musicなどを相手に訴訟を提起した。

原告側は、自らが「Moonraker」の権利を所有していると主張し、「ALIEN SUPERSTAR」での利用が権利を侵害していると訴えた。

ところが、裁判は「ビヨンセ側が実際に著作権を侵害したのか」という本題に到達する前から、原告側の権利関係をめぐって複雑化していく。

2026年3月25日、米カリフォルニア州連邦地裁は訴えの一部を退けた。

裁判所が問題視した一つが、著作権の移転を裏付ける書面だった。

原告側は「Moonraker」の権利がホリデイからSoundmen on Waxへ移り、さらにHirose側へ移ったと説明していたが、裁判所は当時の訴状では、そうした移転が著作権法上必要となる書面によって十分に裏付けられていないと判断した。

ただし、この段階では修正した訴状を提出する余地が残された。

つまり、この時点でも「ビヨンセ側の完全勝利」と呼べる状態ではなかった。


さらに浮上した“会社が存在していなかった”問題

そして2026年6月、状況はさらに意外な展開を迎える。

裁判所が問題にしたのは、原告となっていたHirose Enterprises LLCそのものの法的な存在だった。

訴訟は2025年7月に提起されていたにもかかわらず、裁判資料では、フロリダ州のHirose Enterprises LLCが正式に設立されたのは2025年8月6日とされていた。

つまり、「訴訟を起こした日には、その会社がまだ法的に存在していなかった」という問題が浮上したのである。

最終的に2026年6月26日、裁判所は原告側に訴訟を進めるための適格性がないとして事件を却下した。

しかも裁判官は判断の中で、「ALIEN SUPERSTAR」で使われた「Moonraker」の有名なスポークンワードを連想させる表現を使い、まず法的なシステムそのものを確認しなければならない、という趣旨をユーモラスに示した。

この部分はすぐに音楽メディアやSNSで話題となった。

だが重要なのは、この却下が著作権侵害の有無そのものを最終的に判断したものではなかったことだ。

裁判所は、原告が訴訟を起こす資格を持っているのかという入口部分で事件を終わらせている。

さらに却下は「without prejudice」、つまり一定の条件の下で再提起の可能性を残す形だった。

そして、その可能性が現実になったとみられるのが今回の動きだ。


2026年8月、“第2ラウンド”へ

2026年8月10日に報じられた新たな訴訟では、Hirose Enterprise LLCとShuji Hiroseが原告として動いているとされる。

SNS上で裁判資料を紹介するアカウントも、今回の動きを「2回目の提訴」であることを強調している。

前回問題となった会社名は「Hirose Enterprises LLC」と複数形で、今回報じられている「Hirose Enterprise LLC」とは表記も異なる。この違いは細かく見えるが、前回の訴訟が原告の法的な存在や適格性を理由に却下された経緯を考えれば重要だ。

今回、原告側はビヨンセ本人やジョン・ホリデイ、関連企業などを対象として、あらためて著作権侵害を主張していると報じられている。

主張の根幹は変わっていない。

原告側は「Moonraker」の権利を自分たちが所有しており、ホリデイはビヨンセ側に有効な許諾を与えられる立場ではなかったとしている。

また、TMZによれば、原告側はビヨンセ側に問題を知らせたにもかかわらず、その後も楽曲の販売などが続けられたと主張。収益化を止めるための差し止めや、金額が特定されていない損害賠償を求めているという。

もちろん、この段階では原告側の申し立てにすぎず、裁判所が著作権侵害を認定したわけではない。


実は前回の裁判でビヨンセ側に有利な論点も

前回の裁判資料には、今回の争いを考える上で興味深いポイントも記されている。

Hirose側の主張では、ホリデイが持っていた権利が過去に移転したとされる一方、訴状のバージョンによって、出版権の「50%」を取得したのか「100%」を取得したのかという説明に揺れも見られた。

裁判所は、仮にホリデイ自身が著作権の共同所有者として50%の権利を保持していたのであれば、共同所有者には著作物を利用したり非独占的なライセンスを与えたりする権利がある、という点にも触れている。

これはビヨンセ側にとって重要だ。

もしホリデイが一定割合の権利を持ち続けていたと認定されれば、ホリデイから取得したライセンスが意味を持つ可能性が高まる。

反対に、原告側が「ホリデイはすべての権利を完全に手放していた」と証明できれば、問題は再び複雑になる。

結局のところ、この裁判で最も大きなポイントは、数秒の音声が似ているかどうかではない。

1998年以降の権利の“チェーン・オブ・タイトル”、つまり所有権移転の履歴を誰が書面で証明できるのか。

そこが核心になりそうだ。


SNSでは「また訴訟?」――前回却下との混同も

今回のニュースが広がると、Xなどでは「この訴訟は前に却下されたのでは?」という反応が目立った。

 

それも無理はない。

わずか1カ月余り前の2026年6月末には、「ビヨンセのParkwoodがALIEN SUPERSTARをめぐる訴訟の却下を勝ち取った」というニュースが広く報じられていたからだ。

そのため、新たな訴訟を紹介する一部の投稿では、単なる古いニュースの再拡散ではなく「SECOND FILING」「2回目の提訴」であることを強調し、以前の事件との違いを説明する動きも見られた。

一方、前回の却下時にRedditで行われた議論を見ると、ファンの反応はかなりエンターテインメント色が強い。

裁判官が「Moonraker」の音声を意識した言葉遊びを判決文に盛り込んだことに喜ぶコメントや、ビヨンセの楽曲を引用するような形で勝利を祝う投稿が並んだ。

中には、ビヨンセの熱心なファンダム「BeyHive」の存在まで絡め、「裁判官までBeyHiveなのでは」と冗談めかして語るユーザーもいた。

ただし、別のユーザーからは冷静な疑問も上がっていた。

「会社の設立がもう少し早ければ裁判は続いていたのか」「手続きの問題で却下されたなら、著作権そのものについてビヨンセ側が勝ったことにはならないのではないか」といった声だ。

この点は法律上も重要である。

前回の却下をもって「サンプリングには一切問題がなかったことが証明された」と断定することはできない。

逆に、今回新しい訴訟が起こされたからといって「ビヨンセの著作権侵害が確定した」と考えるのも早い。

SNSでは「ビヨンセがまた著作権侵害」という刺激的な見出しだけが独り歩きしやすいが、実際の事件はかなり技術的な権利問題を含んでいる。

なお、SNS上の反応は公開状態で確認できる投稿の一部を整理したものであり、ファン全体や一般世論を統計的に示したものではない。


「サンプルを使う」こと自体が問題なのではない

今回のニュースを見ると、「有名アーティストが過去の曲を勝手に使った」という印象を持つ人もいるかもしれない。

しかし、サンプリングは現代のポップ、ヒップホップ、ダンスミュージックでは極めて一般的な制作手法だ。

「RENAISSANCE」自体も、さまざまな時代のダンスミュージックやクラブカルチャーへの引用、サンプル、インターポレーションを複雑に組み合わせることで成り立っている。

問題になるのはサンプリングそのものではなく、必要な権利処理が適切に行われているかどうかだ。

通常、既存の音源を直接使用する場合には、録音物そのものに関する権利と、楽曲の作詞・作曲に関する権利が別々に存在することもある。

さらに古いクラブミュージックやインディペンデント作品になると、レーベルの解散、権利譲渡、会社の消滅、契約書の紛失などによって、何十年も後に「現在の権利者が誰なのか」を確認すること自体が難しくなるケースがある。

「Moonraker」をめぐる今回の争いは、まさにその典型とも言える。


数秒のサンプルでも巨大な金額につながる時代

現代の音楽ビジネスでは、一度リリースされた楽曲から発生する収益はCDやダウンロード販売だけではない。

SpotifyやApple Musicなどのストリーミング、YouTube、映画やテレビでのライセンス、ライブ公演、SNSでの楽曲利用など、多数の収益源が存在する。

しかも「ALIEN SUPERSTAR」は世界最大級のスターによる作品だ。

そのため、使用されている部分が数秒程度だったとしても、その権利割合をめぐる争いは長期的には非常に大きな経済的意味を持つ可能性がある。

原告側が差し止めを求めているとされるのも、そのためだ。

もっとも、実際に楽曲の配信停止などが認められるかどうかは別問題であり、現時点で「ALIEN SUPERSTARが聴けなくなる」と決まったわけではない。


ビヨンセ側にとっても無視できない“権利処理”の問題

世界最大級のアーティストともなれば、アルバム制作には本人だけでなく、プロデューサー、ソングライター、レーベル、出版社、弁護士、権利処理担当者など数多くの関係者が加わる。

それでも過去の著作物の権利関係が複雑であれば、後から別の人物や企業が「本当の権利者は自分だ」と名乗り出る可能性を完全に排除することは難しい。

今回特に注目されるのは、ビヨンセ側がホリデイとのライセンス契約を実際に作成している点だ。

だからこそ、この事件は単純な「無許可サンプリング事件」とは言い切れない。

むしろ、

「ライセンスは存在した。しかし、そのライセンスを与えた人物は本当に必要な権利を持っていたのか」

という、より複雑な争いなのである。


今後の最大の焦点は「誰が何を所有していたのか」

今回の再提起によって、前回は手続き上の問題で十分に審理されなかった部分が、あらためて争われる可能性が出てきた。

最大の焦点になると考えられるのは、やはり「Moonraker」の権利関係だ。

ホリデイが1998年にどの権利を移転したのか。

その契約はどのような内容だったのか。

Soundmen on WaxからHirose側へ本当に権利が移ったのか。

Hirose側が所有しているのは録音物の権利なのか、出版権なのか、その両方なのか。

そして、2022年にParkwoodがホリデイから取得したライセンスは、法的にどこまで有効なのか。

これらが明確にならなければ、本当の意味でこの問題に決着がついたとは言えない。

新たな訴訟が始まったばかりということもあり、今回確認できた公開情報の範囲では、新しい訴えに対するビヨンセ側の詳細な法廷での反論まではまだ明らかになっていない。

一度目の訴訟では「原告に裁判を進める資格があるか」という入口で幕が下りた。

だが2度目となる今回は、いよいよ「Moonrakerを本当に所有しているのは誰なのか」という本丸まで裁判が進むのか。

わずかな音声サンプルから始まった争いは、世界的スターのヒット曲だけでなく、現代の音楽ビジネスにおけるサンプリングと権利管理の難しさそのものを浮き彫りにしている。

「ALIEN SUPERSTAR」のイントロが生み出したのは、印象的なサウンドだけではなかった。

20年以上にわたる権利の履歴をたどる、長い法廷ドラマもまた、ここから新たな局面を迎えることになりそうだ。



出典URL

TMZ(2026年8月10日)
今回の新たな訴訟についての報道。Hirose EnterpriseとShuji Hiroseによる著作権侵害の主張、「Moonraker」のスポークンワード部分、発売後にホリデイからライセンスを取得したとの主張、差し止め・損害賠償請求などを確認。
https://www.tmz.com/2026/08/10/beyonce-sued-over-music-sample/

Document Tingz/X
2026年8月10日の動きを「2回目の提訴」として紹介し、Hirose Enterprise LLCとShuji Hiroseが新たな訴訟を起こしたことを伝えているSNS投稿。今回と前回の訴訟を区別する際の参考とした。
https://x.com/DocumentTingz/status/2087155117032165856

Justia/米連邦地裁の2026年3月25日付命令
2025年から続く旧訴訟の裁判資料。権利移転に関する原告側の主張、Parkwoodとホリデイ側のライセンスが2022年9月6日に締結されたこと、権利移転書面や共同所有権をめぐる論点などを確認。
https://law.justia.com/cases/federal/district-courts/california/cacdce/2%3A2025cv06973/981164/61/

Digital Music News(2026年6月30日)
前回の訴訟が原告適格の問題で却下された経緯と、却下が本案についての最終判断ではなく、再提起の余地を残す「without prejudice」だったことを確認。
https://www.digitalmusicnews.com/2026/06/30/beyonce-alien-superstar-lawsuit-dismissed/

Music Business Worldwide(2026年6月30日)
旧訴訟の経緯、Hirose Enterprises LLCの設立時期、別法人Hirose Enterprise LLCをめぐる問題、Parkwoodがホリデイからライセンスを取得していたことなどの整理に使用。
https://www.musicbusinessworldwide.com/beyonces-parkwood-wins-dismissal-of-alien-superstar-sample-suit-as-plaintiff-didnt-yet-exist-when-it-sued/

Billboard(2025年7月)
「ALIEN SUPERSTAR」をめぐる最初の著作権訴訟の内容と、「サンプル使用の許可を得た相手が正しい権利者だったのか」という争点を確認。
https://www.billboard.com/pro/beyonce-alien-superstar-lawsuit-company-sued-sample/

Billboard(2026年6月)
Parkwood側が前回訴訟の却下を得たことと、その理由となった原告適格・会社設立時期の問題を確認。
https://www.billboard.com/pro/beyonce-parkwood-wins-alien-superstar-sample-lawsuit/

Reddit/r/Fauxmoi
2026年6月の旧訴訟却下をめぐるSNS反応の参考。裁判官による楽曲を意識した表現への反応、ファンによる勝利を喜ぶ声、「手続き上の却下なら本案はどうなるのか」と疑問を呈するコメントなどを確認。
https://www.reddit.com/r/Fauxmoi/comments/1uk4ga6/beyonc%C3%A9s_parkwood_company_wins_copyright_lawsuit/

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